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津軽の名木「十二本ヤス」 Asunaro in Aomori

幹が12本、空に向かう異形のアスナロ 
魔物に立ち向かった若者の勇気が伝わる 


IMG_4887Yasu12-Somori.jpg DATA of TREE
▽樹種:ヒノキアスナロ(ヒノキ科・常緑高木)
▽学名:Thujopsis dolabrata 
▽樹齢:約800年
▽樹高:33.46m/幹周り:7.23m
▽所在地:青森県五所川原市喜良市字相野山
※五所川原市指定天然記念物、新日本名木100選 


今の自分の実力よりも遥かに高い目標を掲げたとき、この巨樹に会いに行くといい。樹種はヒノキアスナロ。ヒノキ科の常緑針葉樹で、ヒバの変種とされています。「明日はヒノキになろう」と願う木。立ち向かう勇気、弱さの克服・・・背中を大きく押してくれる異形の巨樹です。

【木の特徴】
暗く湿った森の中を進むと、今まで見たことのないような姿と大きさで迫ってきた!! あまりにも大きく、凄まじい気を放っているので、いつものように気安く駆け寄る気にはなりません。地上3メートルくらいのところで幹が大きくふくらみ、そこから太い枝が12本に分岐して、空へ伸びていました。12本からは細長い小枝が無数に出ていて、曲がりくねり、襲いかかってくるかのように垂れ下がる。幹には古めかしい赤い鳥居が立てかけられ、ものものしい妖気が漂っていました。

十二本ヤスの「ヤス」は木の名前ではなく、枝の様子が魚を突く道具のヤスに似ているため、この名前がつけられたといいます。この辺り一帯がヒバ林ですが、なぜ、この木だけが「神宿る樹」へと高められていったのでしょうか。大正5、6年頃、金木営林署が十二本ヤスを伐採しようと計画を立てましたが、人々は恐れて誰も伐りたがらなかったため保存することが決まったといいます。異形の姿だったから物語が生まれたのか、物語が先にあり、異形のご神木へと成長していったのか・・・?十二本ヤスの誕生伝説は現代を生きる私たちにも勇気をくれるものです。

【歴史を伝える】
臆病者の若者が村人を苦しめる魔物を倒した伝説を秘めた木です。伝説はその地に暮らす人々の生活の中から生まれ、地域の風習、気候、人となりなどが表れます。十二本ヤスの「12」はこの地域では神聖な数字だそう。十二本ヤスの枝の数もつねに12本。新しい枝が生えて13本になると、どこか別の1本が枯れて、必ず12本になるそうです。また、毎年12月12日は、周辺に住む人々が山の神を祀る日。この日は山の仕事は一切やめて、山の神に感謝を捧げるといいます。現代まで続く風習の始まりはこんな伝説です。

【「十二本ヤス」の誕生伝説】
昔々、この辺りに弥七郎という臆病者が住んでいました。山に入るたびに怖がるので、「臆病者の弥七郎やーい」と村人の笑い物にされていました。みんなから囃したてられるうち、なんと山に棲む魔物にまで弥七郎の名前を覚えられてしまいます。弥七郎が山を歩いていると、どこからか「弥七郎、臆病者の弥太郎」とからかうように呼ばれるのです。魔物の姿を探しますが見えません。その恐ろしいことといったら!最初は怯えてばかりいた弥七郎ですが、だんだん悔しくなり、腹が立ってしかたがなくなりました。そこで、彼は「よし、魔物を退治してやろう」と決意します。

次の日、弥七郎はマサカリを担ぐと覚悟を決めて山に入りました。いつものように「弥七郎、臆病ものぉ」と魔物の声が聞こえますが、無視して山小屋へと向かいます。そこでマサカリの刃を鋭く研ぎ、夜を待ちました。やがて夜も更けると、外に出て魔物を待ち伏せします。暗闇の中でたった1人、怖くてしかたありませんでしたが、弥七郎はぐっと耐えました。うとうとと眠りかけたとき、突然、「弥七郎!」と魔物が叫びました。弥七郎は飛び起き、声がしたほうにマサカリを打ちつけました。「魔物め!」。すると一撃命中!「ギャアッ」という叫び声がして、ヒバの切り株のそばから魔物が転げ落ちてきました。

朝、見てみると、白い毛をした大きなサルが血まみれで死んでいました。魔物の正体は神通力をもった大猿だったのです。弥七郎の話を聞いた村人は大猿の祟りを恐れ、切り株のそばに苗木を植えて供養したところ、木はぐんぐんと大きくなり、しかも異形の姿で枝葉を伸ばしていきました。これが十二本ヤスの始まりだと言い伝えられています。

白い大猿の霊魂がこの奇怪な形相をつくったのでしょうか。いいえ私は、弥七郎が臆病な自分を乗り越え、おそろしい魔物を退治した心意気が、このアスナロを特別な存在へと変化させたのではないかと思います。切り株のそばに植えた苗木が大きくなったというエピソードも、1本の巨樹が死んだあと、芽生えた小さな木が新しい命をつないで世代交代していくこと。古来、森で行われてきた木の再生と生命循環の営みを象徴しているようです。弱さを克服し、生まれ変わった弥七郎とご神木の誕生。1人の人間の強い意思が時代をこえて、伝えられていく巨樹です。

★この木を見るポイント⇒ 同じ根から幹が12本に分かれ、巨大にふくらんだ異形の姿。おどろおどろしい妖気を感じたい。

【この木に会いに行こう!】
津軽鉄道「金木」駅から車で約20分。十二本ヤスがあるのは作家、太宰治の生まれ故郷、五所川原市金木町。この木に会いに行ったら、「金木」駅から徒歩7分の太宰治記念館「斜陽館」に立ち寄ると楽しい。斜陽館を出て、弥七郎沢に沿って林道を上り、約10キロで車を降りる。そこから徒歩でヒバ林を進むと左手に小さな鳥居があり、そこをくぐってさらに歩くと、鬱蒼とした森の奥に立っている。

【十二本ヤスの教え】
内なる恐れに立ち向かう者であれ。君を馬鹿にする他者よりも、自己否定する己(おのれ)の心ほど、強烈な破壊者はいない。

(2014年11月17日撮影)

北金ケ沢のイチョウ Ginkgo in Aomori

日本一大きいイチョウの木  
最も美しい黄葉のときに会いました 


IMG_5174.jpgのサムネイル画像 DATA of TREE
▽樹種:イチョウ(イチョウ科・落葉高木) 
▽学名:Tilia miqueliana 
▽樹齢:約1000年(国指定天然記念物)
▽樹高:約30m/幹周り:約18.8m
▽所在地:青森県西津軽郡深浦町北金ケ沢字塩見形356


数年前の秋の思い出。青森へ旅し、イチョウ巡礼。日本海側の津軽からスタートして、太平洋側の八戸、十和田へと横断する旅では、最高に美しい季節のイチョウとの巡り合いがありました。

【木の特徴】
銀杏色(いちょう・いろ)とはまさにこのこと?推定樹齢は約1100年。"日本でいちばん大きいイチョウ"として、堂々たる威厳を見せていました。初めて訪れたこの日、最も美しい黄葉の瞬間に出会えたことは奇跡です。こっくりとしたオレンジ色の葉。甘い蜜の香りが漂ってきそうな飴色というか、おいしそうな色。根元までオレンジの葉が覆い、地面すれすれまで枝が枝垂れて、美しい。見事な樹冠を繁らせて、枝々が空に向かって勢いよく伸びています。宮沢賢治の童話『いちょうの実』に木の精霊たちがいっせいに飛び立つシーンが出てきますが、まさにそんな勢いのある枝々の姿に酔いました。イチョウの古木ならではの「乳柱(ちちゅう)」もたくさんあり、お乳の出ない母親たちが願を賭けて、お参りするご神木。1メートルは超える乳柱も数多く垂れ、その1本は根づいて、新たな幹となりつつある姿は次世代に命を継ごうとするよう。なんとも神秘的なイチョウとの出会いでした。今度はいつ会いに行けるかな。

★この木を見るポイント⇒ 大地に根ざした乳柱。枝垂れた葉の間からはすぐ近くを五能線の列車が走って行くのが見えます。

【歴史を伝える】
青森県は巨樹ベスト10に名を連ねる木が何本もあるイチョウの里です。この木は日本一。中国や韓国にもこれほど大きなイチョウはなく、つまり世界一のイチョウである可能性が高いといいます。しかし、国の天然記念物に認定されたのは2004年9月と意外に最近のこと。幸か不幸か、それまで気づかれずにいたのでしょう。肩書などなくても、地元の人々が愛し、崇拝し、大切にしてきたイチョウです。

【この木に会いに行こう!】
JR五能線「北金ケ沢」駅、徒歩約10分。

【イチョウの教え】
緑から黄色へ、黄色から黄金色へ。葉の色が移り変わる間にも刻々と、あなたは変わっていく。あるひとつの時間が過ぎ、ゆっくりと次の時間が始まる流れを、イチョウの葉の色に見つけなさい。

(2014年11月撮影)
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