• Home
  • 聖樹巡礼
  • 宇宙樹の庭
  • こころの木
  • 木に咲く花の文様
  • 木の芸術家
  • 木の図書館

№34 鶴見橋のシダレヤナギ willow in Hiroshima

70年前、ヤナギは原爆に灼かれた多くの人の死を見つめた
70 years ago, this willow saw many people were killed by the blazing heat of the atomic bomb.
1,700m from the hypocenter

sIMG_5143 willow tsurumi1.jpgのサムネイル画像sIMG_5139willow tsurumi 2.jpg

被爆樹巡礼A-Bombed Trees
樹種:ヤナギ(ヤナギ科)落葉高木
学名:Salicaceae
爆心地からの距離1,700メートル
◎樹齢:不明
◎樹高:不明
◎幹周り:不明
◎所在地:広島県南区比治山本町20 鶴見橋東詰め
◎会いに行くには:広島駅から路面電車に乗り、「比治山下」下車、すぐ。(2011年8月撮影)

ヤナギは鶴見橋のたもとに立っています。70年前、ヤナギはどれほどの多くの死を見つめたでしょうか。写真右上は当時のヤナギの様子。市街地から逃げてきた人々はヤナギの立つ鶴見橋を渡り、比治山などに避難したといいます。私がこのヤナギを訪れた2011年頃、爆心地のほうへ幹が90度近く折れ曲がり、枝の先端はその方角を指して、異形の姿をさらしていました。枝には千羽鶴が吊り下げられ、この場所で大勢の人が亡くなったことを告げています。

「鶴見橋のシダレヤナギ」とともに原爆体験を語る
語り部、北川建次さん(79歳)にお話を聴きました。
▼下記アドレスからご購読ください。
https://otomana.nifty.com/magazine.php?mid=rieko&dt=201408

DATA of A-Bombed Trees
tree species:willow
botanical name:Salicaceae
1,700m from the hypocenter
◎age:? years old
◎height:?
◎surroundings:?
◎address:Motomachi 20,Hijiyama,Minami-ku,Hiroshima city
◎In tram from Hiroshima Station, "Hijiyama shita" get off,1minute walk.
(photographing date:Aug,2011)

This willow is standing in near the bridge. The tree saw many people were killed by the blazing heat of the atomic bomb.It had been rumored that"nothing will grow in Hiroshima for 75 years", so this sight rekindled courage and hope in many who were close to despair.


sIMG_5157willow tsurumi3.jpgsIMG_5174willow tsurumi4.jpg

№35 光明院のナツミカン in 広島

お寺の門のそばに2本のナツミカン。、
春のお彼岸頃、たわわに実をつけます 
A-bomebed Summer orange tree in HIROSHIMA

IMG_3429_R.JPG
▼爆心地からの距離:1700m
▼所在地:広島市中区白島九軒町23-2
▼ミカン科・常緑高木
▼樹齢70年以上 
▼樹高:5.8m/幹周り:0.85m

【木の特ちょう―実がなる木】
実がなる被爆樹木の1つ。ナツミカンのほか、カキ、ナツメなどがあります。 戦前、光明院の境内は現在よりも広く、山陽本線沿いの土手に3本が植えられていました。被爆によって、枝葉が燃え、枯死したかに見えましたが、2年後の春に芽吹き、実がなったのは原爆投下から約10年後のことでした。2015年5月撮影

【被爆を伝える】
白島周辺は原爆による熱線、その後の火災で焼け野原になった場所です。光明院は建物疎開によって、境内に本堂などの建物がなく、火災をまぬがれました。被爆当時、4歳だったご住職の景山さん、ご家族も無事でした。

【この木に会いに行こう!】 広島電鉄電車「白島」から徒歩3分。門の右手に立つのがナツミカンの木です。山門の横、ナツミカンのそばに立つツバキも原爆を生きのびた木だとご住職さんから聞きましたが、広島市登録・被爆樹木には登録されていません。

≪DATA of A-Bombed Trees≫
Japanese summer orange tree/The Koumyouin-temple  1700m from the hypocenter
botanical name:Citrus natsudaidai
age:over 70 years old
height:5.8m
surroundings:0.85m
address:23-3 Hakushima Kyuken-cho Naka-ku,Hiroshima city

This tree survived the atomic bombing of Hiroshima, about 1700m from the hypocenter. 
At 8:15 a.m, August 6,1945,Hiroshima was burned by the blazing heat of the atomic bomb. It had been rumored that"nothing will grow in Hiroshima for 70 years", so when people saw new buds sprouting,they were encouraged and were able to have hope for their future. It is alive!

★Let's go to see this tree !
3 minute walk from the Hakushima station. There is this tree in Koumyouin-temple. There is other A-bombed trees, including a camellia,

35光明院のナツミカンIMG_7064 (2)_R.JPG 

№37 明星院Myojoinのイチョウ in Hiroshima

被爆した時と同じ場所で、
22本のクスノキが並んで立っています 
A-bomebed Ginkgo tree in HIROSHIMA

IMG_1079_R.JPG
▼爆心地からの距離:1,780m/広島市東区二条の里2-6-25
▼イチョウ科・落葉高木 
▼樹齢70年以上
▼樹高:不明 幹周り:不明

【木の特ちょう―被爆当時は今の3倍の高さ】
この美しいイチョウがかつて、原爆の爆風によって折れ、枝葉が燃えたとは思えません。被爆前は現在の3倍ほどの大樹だったそうです。しかし、その後の落雷でも折れ、倒木の危険から、現在の高さまで伐られました。それでもイチョウは毎年秋になると、何事もなかったように葉を黄金色に染め、人々の目を楽しませています。2016年11月撮影



【被爆を伝える】
明星院は1589(天正17)年頃から続く真言宗のお寺。被爆当時、お寺は仁王門、義士堂は倒壊、建物が全壊消失したと伝えられています。境内にはイチョウのほか、ソテツ、二本のクロマツが被爆を乗り越え、元気に立ち続けています。
明星寺は毛利輝元(1553-1625)が母の位牌所として建立し、その後、福島正則(1561-1624)を経て、浅野藩主の祈願寺に。堂内には浅野家と関係のあった赤穂浪士四十七士の木造が安置されています。原爆による火災を逃れた木像で、義士たちに武器を調達した天野屋利兵衛を加え、48体がクスノキの一本造りで彫られています。被爆樹とともにぜひご覧ください。

【この木に会いに行こう!】
広島駅北口より徒歩約15分。二葉の里の散歩コースにあり。

≪DATA of A-Bombed Trees≫
Ginkgo tree/The Myojoin-temple 
1,780m from the hypocenter
botanical name:Ginkgo biloba
age:? years old
height:? m
surroundings:?m
address:2-6-25 Futabanosato Minami-ku,Hiroshima city

This tree survived the atomic bombing of Hiroshima, about 1,780m from the hypocenter. 
★Let's go to see this tree !
15minute walk from the Hiroshima station. There is this tree in Myojoin-temple. There are other A-bombed trees, including 2 pines and sago palms,



№39 山陽文徳殿のソメイヨシノ in 広島

西洋風のモダンな被爆建物の前に立つ被爆桜(ヒバクザクラ) 
爆心地のほうへ傾いているのも、原爆を生き延びた木の特徴です 
A-bomebed Yoshino Cheree tree in HIROSHIMA

IMG_1506 A_R.jpg【被爆樹(ヒバクジュ)の傷あと】
Scars of A-Bomebed Tree
原爆からよみがえった木の多くが「被爆の傷あと」を残しています。今日は<爆心地のほうへ傾いている木>を紹介します。

▼爆心地からの距離:1,800m/広島市南区比治山町7-1
▼バラ科・落葉高木 
▼樹齢:約80~90年 樹高:3.5m 幹周り:1m

【木の特ちょう―爆心地のほうへ傾いている】
幹が爆心地のほうへ大きく傾いた、孤高のソメイヨシノ。比治山(ひじやま)へ向かう途中の石段を上ると、被爆してなお、今も残る建物「山陽文徳殿」があります。だれも来なくなり、廃墟(はいきょ)と化した、その建物の前に、ぽつんとひとり、立っているのです。幹は苔むして、今にもたおれそうですが、包帯のように巻かれた布や支柱などで手厚く保護され、人々がこのサクラを守ろうとする強い思いが伝わってきます。 被爆樹の多くは、幹が爆心地のほうへ傾いています。これは爆心地側とその反対側とでは生長の度合いが異なるためです。原爆で焼けた側はほとんど伸びないかわりに、反対側はぐんぐん大きくなるから、被爆した側が押されて、だんだんと幹が曲がっていきました。2014(平成26)年、研究発表されました。だから、上空から写真を撮ると、被爆した木たちはみんな、原爆ドームを指さしているように見えると思います。2015年4月撮影

【被爆を伝える】
山陽文徳殿は被爆建物です。1931 (昭和6) 年、江戸時代後期に活躍した歴史家、頼山陽の没後百年を記念して建設されたもので、西洋風の重厚な外壁、モダンな色彩が特徴の建物です。戦局が悪化すると、広島市役所から戸籍原簿の大部分をここに疎開させました。1.8キロメートルで被爆。爆風で戸籍原簿は散乱しましたが焼失は免れました。屋根の九輪(くりん)が熱風で変形した当時のまま、保存されています。

【この木に会いに行こう!】
広島電鉄電車「比治山下」下車、徒歩2分。比治山公園に向かう坂道を上ると、左手に看板が見えます。石段を上ると、ソメイヨシノが迎えてくれます。
参考文献:論文「広島市における被爆樹木が爆心地との位置関係において示す樹形異常」(大脇なぎさ、鈴木雅和、堀口力著 平成26年度日本造園学会全国大会研究発表論文集32)

≪DATA of A-Bombed Trees≫
Yoshino Cheree tree/The Sanyo-buntokuden 
1,800m from the hypocenter
botanical name:Cerasus x yedoensis 'Somei-yoshino'
age:80₋90 years old
height:3.5 m
surroundings:1m
address:7-1Hijiyama-cho Minami-ku,Hiroshima city

This tree survived the atomic bombing of Hiroshima, about 1,800m from the hypocenter. There is a cherry tree at Sanyo Buntokuden, located near the foot of Hijiyama Hill. After the bombing,the burned side of tree did not grow,but the other side went on growing. As a result,the trunk gradually bent toward the hypocenter. Apr,2015 shooting.

Buntokuden was built in 1934 to mark the centennial of Rai Sanyo's death. Rai Sanyo was a famous scholar, and his museum is in the city center. There is A-bombed kurogane holly(№2) in the garden of Rai Sanyo Historic Spot Museum.After the war, on the top of the roof, there is a nine ring ornament, which was bent due to the atomic bombing. The belfry is one of the existing A-bombed buildings.

★Let's go to see this tree !
30minute walk from the A-bomb Dome.
IMG_1519_R.JPG

№40 碇(いかり)神社のソメイヨシノ in Hiroshima

原爆投下によって、幹も枝もなくなったあと 
翌年の春、根元から芽生えた力強い「被爆桜」です。 
A-bombed Cherry tree in HIROSHIMA

 
IMG_1719_R (2).JPG ▼爆心地からの距離:1,800m 
  ▼所在地:広島市中区白島九軒町12-20
▼バラ科・落葉高木
  ▼樹齢70年以上 
▼樹高:9m/幹周り: 1.45m

【木の特ちょう―根元から芽吹く】
原爆投下によって、この辺りは一面焼け野原になりました。このソメイヨシノも地上部分が焼失しましたが、翌年の春、根元の残骸から芽を吹き返しました。今では毎春、花を咲かせます。2015年5月撮影

【歴史を伝える】
碇神社は広島で最古といわれる神社の1つです。19世紀初めに書かれた郷土地誌『知新集』によると、周辺がまだ海であった頃、近隣各地からの船が碇(いかり)を下ろし、祈願したことから、碇神社と呼ばれるようになったと伝えられています。

【この木に会いに行こう!】
広島電鉄電車「白島(はくしま)」駅から徒歩約10分。狛犬のそばに立っています。境内の奥、お稲荷さんのとなりには被爆タブノキがあります。境内を出て左手に曲がると、宝勝院(被爆樹木№42)のツバキとボダイジュ(ひこばえ)を見ることができます。

≪DATA of A-Bombed Trees≫
Cherry tree/The Ikari-jinja Shrine
  1,800m from the hypocenter
botanical name:Cerasus x yedoensis 'Somei-yoshino'
age: 73 years old over
height:9 m
surroundings:1.45m
address:12-20 Hakushima Kyuken-cho Naka-ku,Hiroshima city

This tree survived the atomic bombing of Hiroshima, about 1800m from the hypocenter.
At 8:15 a.m, August 6,1945,Hiroshima was burned by the blazing heat of the atomic bomb. It had been rumored that"nothing will grow in Hiroshima for 70 years".so when people saw new buds sprouting,they were encouraged and were able to have hope for their future. It is alive! The spring in 1946, this cherry blossom bloomed.Now it blooming too every spring.

★Let's go to see this tree !
About 10 minute walk from the Hakushima station. There is other A-bombed trees, including a Tabunoki. There is a camellia and a Linden tree in the nearly temple(Houshou-ji temple/№42).


前の5件1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11